友達や知り合い、気持ちをわかってもらいたい相手に、自分や自分の大切な人が困っている、大変苦しい思いをしていると打ち明けたとする。
『そういうことを私に言われても』
『そんなこと聞きたくない!楽しい話しをしてよ』
なんて、返されたらどんな気持ちになるだろうか。
相手の立場になって考えるって、とても大切なこと。
いくら相手の立場になって考えるといっても、自分の物差し・フィルターを通してしか見えないから、相手が望んでいる答えになるかはわからない。
それでも「考える」ということが大切だ。
・今、どんな気持ちなんだろう
・どんな気持ちで打ち明けてくれたんだろう
・どういう対応を相手は望んでいるんだろう
・なぜそんなことになったんだろう
そういうことを考えるだけでも、かける言葉は丸くなるはず。
『あなたに傷つけられて○○は可哀想』
『傷つけた○○に謝りなさいよ』
それは本当に当事者の代弁なんだろうか。
傷つけられたとする当事者がそんなことを望んでなかった場合はどうなの?
正義という名の免罪符を持って、きつい言葉を浴びせて相手を傷つけていないんだろうか。
見る角度を変えるだけで、出てくる言葉は違うものになる。
他人の心情や身の上などに心を配る気持ちを大切にしたい。
今の仕事に就いて、
今日は大丈夫だったかなとやりとりした内容を振り返る時間を持つようになった。
今日はバカ話はしたけど、傷つけてしまうような言葉を発することはなかったかな。
とりあえずクリア。